令和乙女日記

拗らせメンヘラの端書き

親のこと

両親がもっと精神的に成熟した、まともな人だったなら。とこの頃ふと考えます。もちろん、そんなことを考えたところで、今の両親から生まれたから今のわたくしがあるのだし、こんな仮定に意味が無いことは分かりきっています。だけど空想の世界に逃げないとやっていけないことが多々あるのです。
もし、両親がまともだったなら。
父親がもっと穏やかで、家庭に参加しようと努力を欠かさない人だったなら、わたくしはこんなにびくびくしなくて済んだでしょうし、ヘラヘラ笑う癖だってつかなかったかもしれません。
母親がもっとわたくしの主体性を尊重してくれて、叱るべきところはヒステリーに頼らずにきちんと叱ってくれていたなら。わたくしはもっとのびのびと生きていられたでしょう。
治療に励む時、わたくしはたまに、未熟な両親の尻拭いをしている気分になります。わたくしは別に生まれたくて生まれてきたわけではないのに、わたくしだって、もっと別のことにエネルギーを割けるのならそうしたいのに、どうしてこうなのだろうと、自分の境遇を恨む心ばかりが膨らみます。
けれどまあ、恨めるようになっただけマシなのでしょうね。ほんの少し前までは、わたくしはとても恵まれた境遇にいる女の子だと思い込んでいました。優しい両親に育てられたのに、自分の弱さゆえに壊れてしまった愚かな人間だと、出来損ないだと思っていました。なんて悲しいことでしょう。
こうして親子問題を見つめて、わたくしと同じように悩んでいる方や、わたくし以上に悩んでいる方が世の中には溢れかえっているのだと考えると、一体人間というのはなぜそこまでして生命を繋がなければならないのだろうと考えたりもします。反出生主義の幕開け、ですね。