令和乙女日記

拗らせメンヘラの端書き

向こう側との邂逅

上京組で遊んできた。中高の友達のうち、東京付近に出てきたのはわたしを含め3人。その3人で集まるのが1年越しに叶った。

楽しくはあったけどしんどかった。メンタルが削られた。この友人2人、1人は看護学部にいながらオーケストラ部でバイオリンも弾いている多忙ガールだし、もう1人は国際基督教大学に通い、キャンパス内の寮で暮らしながら大学でもどうやら優秀な成績を収めていそうなガール。つまり、2人とも「向こう側」の人間なのだ。まあそもそもうちの中高からわざわざ外部の、それも関東の大学を受験する時点で大抵はかなり意識の高い学生なのですが。異端はわたし。

授業の話とか、実習の話とか、実験の話とか、サークルの話とか、そういう現実の話がぽんぽん出てくることに目眩がする。わたしが出せる現実の近況と言えばせいぜいバイトを休んでシフトの減少をもぎとったことくらいだった。もういっそお酒トークに対抗してODトークでもすればよかっただろうか。

また悲しいのが、別にこの2人のことは嫌いではないのだ。むしろ好感を持っている。純粋にすごい子たちだと思うし、性格も良い。今のわたしと合わないだけで。

今日だって、わたしが朝のLINEに参加していなかったら大丈夫か聞いてくれた。わたしは調子悪くてドタキャンをしてしまう女の子だとバレているから。それに、バスに乗り間違えすぎてかなり遅刻したのだけど、そういう日もあるよと優しく受け入れてくれた。なんと温かいことか。

でもだからこそ、彼女らと接する度に間違っているのは自分なのだと思い知らされて心がすり減る。今もODをしている。こうやって疲れを癒すためにODすることはここ最近は無くなってきていたのになあ。

話せば話すほどに決定的な価値観の違いを感じる。カラオケで好きな曲を入れても「重い」と茶化される。いや、別に重いのは分かってるんだけど。これは女の子なら誰でも抱えてしまう感情では無かったの?あなたたちにとっては茶化してしまえるほどのものだったの?

あと、お洋服も褒めてもらえないなと思う。いや、わたしも別に相手の見た目を褒めてはいないからおあいこなのだけど。たぶんセンスが壊滅的に合わないんだと思う。わたしは割といつも分かりやすくおめかししているし、会ってすぐにお洋服の話になることも多い。それどこで買ってるのとか、よく聞かれる。だけど彼女らと会う時はそれが全然無くて、ああ興味が無いんだなと分かる。同じ趣味の人間は肌感でわかるもの。

今日だって大した話ができなかった。わたしからまともに話した近況なんてバイトくらいじゃない?もっと、ロッキンホース・バレリーナを履いてお出かけできるようになったとか、下妻のジャスコに行ったとか、そういう話がしたいの。だけどできない。というか、しようかなと思っても口を噤んでしまう。こんなちゃらちゃらした話は頑張っている人の前で話すには相応しくないものな気がして。

こういうことが起きる度に、今のわたしが異常で特別であることを実感する。結局正しいのは向こう側で、こちらは怠けているだけなのだ。繊細さなんて社会の役に立たない。お風呂に入れないやつは村八分

ここまで書いてふと、同じようにバリバリに大学生をやっている親友ちゃんと話すのはどうしてしんどくないんだろうと思ったけど、分かった。彼女は毒親持ちだからだ。

考えてみれば上京組の残りの2人からは親の愚痴を聞いたことがない。家庭環境を詳しくは知らないけれど、話すこともないくらい綺麗な家庭なんだろう。

はあ、結局それか。いや、こうやってすぐ家庭環境に原因を求めてしまうのはフロイト的な考え方に傾きすぎ?(フロイトで合ってたっけ)

だけど悲しくなるよ。わたしだって頑張ってるつもりなのに、根本的なところで差がついている可能性があるなんて。ねえ、こんなものが無ければわたしの恋だって上手くいっていたのかもしれないよ。こんな回り道をすることもなかったのかもしれないよ。なんでなの、神様。そもそも貴方はいるの?

 

今恐山のツイートの通知が来て、それがあまりにくだらなかったから少し元気が出た。わたしもこれくらい軽く生きなくちゃね。

ジャスコ下妻

とても楽しい1日だった。生きていられてよかったとふと思った。

茨城県は下妻にあるイオンがこの土日限定でジャスコに戻る、『下妻物語』にちなんだイベントも多数――とのことで、下妻まで行ってきた。大体2時間ちょい。景色がどんどん田舎になり、刺さる視線もどんどん鋭くなるのが面白かった。

観光地でもない、あそこまでの田舎って初めて行ったかも。たまに行ってた京都の亀岡も田舎な方だと思うんだけど、体感としてはそれ以上だった。シャトレーゼがめちゃくちゃ大きくて、メインストリートすらお店がぽつぽつある感じで、1本中に入れば田んぼが広がり続けているんだろうなと思ったし、そこに突如現れるイオンモールの存在たるや。これは周りのお店を駆逐してしまう訳だ。

着いたのが結構遅かったのだけど、ファッションショー(後半だけ)とサイン会には参加できてよかった。でもまさかファッションショーの審査員がいて、それが野ばら様だとは思わなかった。それならもっと早く行って参加したのに!BABYのお洋服に身を包んだ野ばら様、かわいかったなあ。

わたしは物心ついた時から既にジャスコはなくて、イオンで育った世代だからジャスコが復活している店内への郷愁めいたものは無かった。ジャスコの歌とかも、聞き慣れてたら反応できたのかもしれないけどわたしにとっては新鮮なもの。

それでも映画『下妻物語』で大きな存在感を放つジャスコのイメージはあったし、モール内の“ジャスコ復活エリア”ではたくさん自撮りをした。イオンモールの中で自撮りをする、稀有な人間。

普通にお買い物もしたし、お店に入っている間は特に何も言われなかったけれど、メインストリートを歩いている時はたくさんの人に声をかけられた。さながらディズニーランドのミッキーマウスの気分だった。ロリィタに心底憧れているんだろうなあ、という方ともお写真を撮れて楽しかったなあ。このお洋服を着るようになってから、きっと“普通”に生きていたら話すこともなかったであろう人たちと言葉を交わすことが増えて、それが嬉しい。日本の方はもちろん、外国の方とも話す機会があるので英語がペラペラだったらなあと思う。高校生の時はそんなに英語好きじゃなかったのに。

 

在り来りだけど、下妻物語には本当に救われている。先日観た映画『ハピネス』も良かったけど下妻物語の方が救いだったなあ。わたしはどちらかと言えば桃子に近しい、変な子なんだと思う。

下妻物語を初めて観たのはたぶん1年前くらい。それから色々あって自殺未遂をして、京都に強制送還される新幹線の中で(ああ、下妻物語の原作が読みたい)と、読んだこともない本に思いを馳せ、ホテル内でお付の母親がいないタイミングを見計らって電子書籍下妻物語を買った。そうして野ばら様の作品の虜になって、どんどん作品を追いかけて今に至る。

思えば、生き残ってから今まではずっと野ばら様に救われながら生きてきた。生き方の修正も野ばら様の作品に大きく影響を受けているし、本当に苦しかった時助けていただいたし、動けるようになってからは野ばら様にお会いできるイベントがたくさん企画されて、有難くそれに参加している。推している感覚は無いけど、実質推しみたいなものなのかもしれない。

野ばら様はすごい。澱んだ街をロッキンホースで颯爽と切り開いていく彼を見ていると自分もなんとか生きていく術があるのかもしれないと思えてくる。まるで現代のイエス様だ。

わたし待つわ?

今日は久々になにもないオフの日だから処方薬でふわふわするぞ〜と思ったのに疲れが溜まっていたらしく、ふわふわを通り越して眠ってしまった。そのせいで夜寝付けない(たぶんルーランを入れれば眠れるけど)ので、今日は開き直って眠れるまで起きていることに決めた。この頃あんまりこれやれてなかったもんね。

明日人に会う予定があったから、その人から借りた澁澤龍彦の「少女コレクション序説」を読んでいた。なんとか読み切った。その後に芥川龍之介菊池寛が共訳した不思議の国のアリス(アリス物語)を読んだらあまりの読みやすさにびっくりした。澁澤龍彦の文章は痺れるけど読むのにとても頭を使う。逆に、硬い文が得意な人はアリスの方が落ち着かなかったりするのだろうか……と気になった。難しい文って誰にとっても難しい文なのかな。

で、この本の持ち主とは明日映画を観る予定だったのだけど、何時の部にするか昨日聞いたのに既読スルーで、朝送ったくりまんじゅうの「チラッ」スタンプも既読スルーで、もしかして愛想を尽かされたのかと怖くなった。映画が観に行けなくなるのは仕方ないにしても、本を借りているし、わたしも1冊貸しているからこのまま音信不通になられることは避けたかった。昨年の年末に突然音信不通になられた男の人のことを思い出す。たぶんあれがややトラウマになっている。

結果としては、別に愛想を尽かされたとかじゃなくて向こうの体調が悪かっただけだった。今日レーシックの手術を受けるというのは聞いていたからそれで返信できない可能性も考えてはいたんだけど、待てなかったな。反省。でもこういう時ってどれくらい待てばいいんだろう。

これも年末の彼のせいなんだけど、彼に対しては返信が待ち遠しい気持ちを全面的に出していた。結果、特に説明もなく重いから切られる羽目になっている。ちなみに重いからというのも本人から聞いたわけじゃなくて、彼が後日ネットに書いていたのを探し当てて知った。

こういうの、口に出したりたくさんスタンプ送ったりする方がわたし自身の精神衛生上は良いんだけど、あんまりやるのも相手を思いやれてないよなぁと思うし塩梅が難しい。親しき仲にも礼儀あり、というしね。わたしは恋愛関係となると特に礼儀を忘れてしまう傾向にある気がするから気をつけなくちゃ。

話は変わるけど、ここ数日「学園アイドルマスター」をプレイしている。主にプロデュースしているのは花海咲季さん。初心者でも手が出しやすくて、何よりゲームは簡単に時間を忘れられることに気がついて、ちまちまとプレイ中。でもそのせいかスマホが重い気がしていて、早くもアプリを落とすか迷っている。複雑。

ひれかつ定食おかわりましまし

あまり書く気になれないので、出先で書いた断片を。

 

・大好きな定食屋さんに足を運んだら、店内がガラリとリニューアルしていた。調べるとどうも1月から4月にかけてお店を閉めていて、リニューアルしたらしい。知らなかった。そんなに長い間足を運んでいなかったことにも驚く。でもよく考えたら当然だ。少し前までわたしはそれどころでは無かったのだから。

・一度全部嫌になって、掲示板でさっと探した人に会いに朝から出かけたことがある。少し遠目の知らない駅まで行って。あれは売春だっただろうか。思い返すとお金のことを考えながら動いていた気がする。
約束の時間に駅に着いても連絡は無くて、もう帰ろうかと思っていたらよく分からない住宅地の1区画を指定された。郵便番号だけ送られてきて、駐車場が近いだとかなんとか。もしかして自宅に呼ぶつもりだろうか。にしても地図上に表示されたそこは家らしきものすらなくて、よく分からなくて結局帰った。あれはなんだったんだろうか。トラブルの香りを感じるけれど、もしかして怪異じみたなにかだったのかも。そう思うと少し楽しくも怖くもなってくる。

 

おかわり沢山したひれかつ定食。美味しかったし、未だにおなかが膨れてる感じする。

今日はスケジュール自体は負荷の高いものは無かったんだけど、あちこち動き回ったからか妙な疲労感。車欲しいな。その前に免許取らなきゃだけど。

健康保険証って無くなるの?発行されなくなるからマイナンバーカードを使ってねって薬局にポスターがあった。マイナンバーカードを持ち歩く時代が来るのかな。学生証とどちらを持っていればいいですか?

ぼんやり眠くて思考が夢見心地。なんとか体もおやすみモードに切り替えようとさっきメイクだけ落としたけど、ダブル洗顔できなかったし保湿もサボっちゃった。まあね、こういう日があってもね、いいよね。若いし。

 

明日仕送りらしい!嬉しい嬉しい嬉しい!過保護の相手が報われる瞬間!でもカードの支払いが結構だからそれと家賃とでほぼ無くなっちゃう予感もする。悲しい。お金のことなんて考えなくていい本物のお姫様に生まれたかったよー。

求められたら頼れない

母親からの定時LINEの文面がどんどん長くなっている。なんかこれ、前回の診察の時も先生に話した気がするな。ちなみに次の診察は明日。

前行った時は、「ここ数ヶ月毎日安否確認のLINEが来てて〜……熱とかでごたついたので数日の間スタンプだけ返してたらとうとう2日連続でスタンプを褒めるっていう食らいつく返事が来て〜」と話したら先生に笑われた。笑ってもらえてようやく、ああこれは滑稽と捉えても良い事象なんだなと認めることができたわたしも相当重症なんだろう。

前の診察で、スタンプの後になにか来てもスルーでいいんじゃないですかねと助言をもらったからここ2週間くらいはそうしている。返事もスタンプで返すことがほとんどだ。前まではその日あったことを少し報告することもあったけど、最近は男の人と会っていることも多いので親に報告したいようなこと・できるようなことが少なくて、スタンプで適当に返すことが多かった。それでも一応文脈に沿ったスタンプを送っているのだけどね。

だけど、今日なんか天気の話だけで5メッセージ+1スタンプ飛んできた。母親、通院してるわたしよりも全然メンヘラムーブだよ。しかもわたしは一人暮らしで暇な身分だけど、あの人は父親と弟と暮らしているし、祖母とも毎朝おはようLINEを送っているし、習い事にも通っているんだよ。それでもなおわたしと話したいの?

文が長い件は今日人に話して、ちょっとした文通の感覚なんじゃない、と言われてやや腑に落ちた。確かにわたしとはメッセージのやりとりに対する価値観の差はあると思う。そもそもわたしは人にLINEする時初手「こんにちは」は送らない。ちなみにこれは親友ちゃんにも笑われてたから正常な感覚だと思う。

だけどさぁ、価値観の差を加味したとしてもわたしに対して求めているものが多すぎる。これじゃあどっちが不安定な状態なんだか分からない。

 

思うに、うちはずっとこうだったんだと思う。直接言葉にされることはなくても、言外の言葉によってわたしは何かを求められてきた。それは例えば優秀な娘としての成績。それは例えば家族を引っ張る姉の姿。そうやって求められる自分を作り上げて期待に応え続けるにつれ、足元がいつ崩れるかという恐怖にわたしは取り憑かれていったんじゃないかと思う。

そんな時頼れる人がいたら良かったね。でも、わたしに何かを求めている人に頼るなんてできないんだよ。そうじゃない?わたしに対してなんにも思ってないような、そうじゃなくても静かに手を広げて待っていてくれるような人にしかわたしは寄りかかれないの。向こうから走って来られたら笑顔で出迎えようとしちゃう。この心身はそうできてるから。

想い人にわたしが縋るようになったのは必然だったんだろうね。あの人はわたしに何も求めなかったから。いや、たぶんそうじゃないんだけど、少なくともわたしの感覚では何も求めて来ない人だった。特別な人。

またそんな人に出会えるだろうか。そもそも、出会うまで耐えて生きていけるんだろうか。体力がついて、よく出かけられるようになって、あまり物事を考えずに過ごせる時間が増えた。だけどその分1人になったら希死念慮に襲われる。わたしをここに縛りつけるものはまだ無い。

 

見つけてしまう前に死んだ方が楽だろうか。正直、今わたしがそっと死んだところで想い人に迷惑がかかるとも思えない。そんなことも考えてしまう。絶対考えない方がいいのにね。

だけどまだビルを見上げて歩いてないから。大丈夫。

本気になれない側

美意識を持たずに生きている人のことを冷ややかな目で見ていたけれど、わたしにもそういう側面があったことに気づいた。

わたしは所謂体育会系のノリが苦手。運動が苦手というのが主な理由だけど、あの暑苦しさが気持ち悪い。小学校の体育の時間なんかは地獄だった。団体競技ともなればわたしはいつも足を引っ張ってしまって、授業後にチームメイトに文句を言われていた。実際わたしが上手く動けていないのだからそれを否定する術もない。あれ、本当は先生側が上手くはからわないといけないんじゃないだろうか。

運動会とか体育祭で盛り上がる気持ちも分からなかった。たかだか暑いだけの体育の授業に、何本気になっちゃってんの。別に負けたって死なないし。賞金だって無いし。こと体育会系のイベントにおいてはわたしは栄誉を全く欲していなかった。

年齢が上がって適当に流そうというムーブがメインになってからは過ごしやすくなった。失敗してもみんな笑って許してくれる。できないからって否定されない。上手い子は部活でもっとやり込んでるから、体育の授業で高みを目指す必要なんて無かったんだろう。

これらのわたしの感じはきっと、何のポリシーも無く生きていける人達と同じ感じなんだろうなと今日ふと思った。そう思うとあまりそういった人たちを責める気にもなれない。彼らは彼らで上手く本気になれない自分に寂しさを感じているのかもしれない。

 

話は変わって、最近チョコザップのCMをよく見る。確実に「手軽なジム」とはまた違うものを目指しているなと感じられて面白い。というか何かキャッチコピーあったよね。

チョコザップを国が提供してくれるのが共産主義なんじゃないかと割と本気で考える。チョコザップは一企業がやってる有料のサービスだけど、公民館みたいなノリで誰でも使える娯楽施設として扱われたなら共産主義のそれなのではないだろうか。

これまで「民主主義」「共産主義」「右翼」「左翼」といった付近の思考はなんだか危険なような気がして、エネルギーのある怖いもののような気がして避けてきた。実際、前に友人と五反田に出かけて駅前で街宣車に遭遇した時は彼らが扱う言葉が怖くて調子が悪くなってしまった。

だけど、野ばら様の書かれた『純潔』を読んでからは少しだけ抵抗が薄まって、よりよい社会とは、わたしが求める世界とは、みたいなことを考えるようになった。

野ばら様は本当にすごい。『シシリエンヌ』ではわたしの性に関するいざこざも救ってくださったし、どうしてこんなに何度もわたしを包んでくださるのだろうと思う。それにきっと、こんな風に何度も救われたのはわたしだけではないと思うのです。野ばら様のファンは数こそささやかなものであれ、一人一人の熱量がとても高いイメージ。握手会も、泣くか泣かないかの指標がある。そんなイメージ。どうしてそんな文章が書けるんだろう。救世主型だなぁ。わたしもいつか、そうなれたら。

ハピネスとカレー

野ばら様が原作の映画『ハピネス』を観てきた。まだ原作も読んでないし公開して間もないからちゃんとした感想は書かないけど、面白かったなぁ。下妻物語はピンクにコーティングされたファンタジックなロリィタ映画って感じだったけど、ハピネスは地に足がついてる感じがした。カレーと同じくらいの空気感でロリィタが扱われている。

吉祥寺の映画館が最近のお気に入りなのでそこで観てきたのだけど、作中に何度もゆりあぺむぺる(吉祥寺にある喫茶店)が出てきてびっくりした!ゆりあぺむぺるには1度行ったことがあったので感動した。本当に知らなかった……。上映後駆け込みました。

そしてそして、ヒロインがカレー好きなことから作中にカレーが何度も出てきたのでわたしも今晩はカレーにしました。近所にカレーが美味しいお店があるの。2度ほど人と一緒に行っていて、今日初めて1人で行ってみた。席に座るなり「今日相方は?」と聞かれて店員さんの記憶力にびっくりした。接客業はあれくらいできなきゃだめなんだなぁ。

店員さんもお客さんも話しかけ合うタイプのお店なんだけど、1人でも割と居心地よかったなぁ。なんだかんだで長居した気がする。男の人(40代とかかな)4人くらいがみんなでダーツをして盛り上がっていて、こういう付き合い方っていいなぁって思った。

帰ってからはおなかいっぱいで疲れてたけど、なんだかんだでお風呂に入れた。そろそろ髪がギシギシで気持ち悪かったからね。

ここ最近たくさんお出かけできるくらい体力が戻ってきたのは嬉しいんだけど、そのせいで家で1人で過ごすのが下手になった気がする。すぐに何かお薬を入れたくなってしまう。これで自炊とかに興味が向かないのがわたしだねえ。

あと、ここ数日生活リズムが乱れているのもまずい。また夜更かししてしまう。そろそろ直さないと次のバイトの時しんどいのに。

生きるのって難しすぎる。回復したらしたでまだ問題が出てくるなんて。しんどいけど、ハピネスを観たらほんのちょっとだけ命の尊さを感じられた。野ばら様はやっぱりすごい。わたしにとってのイエス様。